「遊び居る」ための場所をデザインする(遊居という考え方)
私たちはこれまでの設計の中で何より「居る」という事を大切にしてきました。
勝手なイメージかもしれませんが「居る」という言葉には何となく「生活感」や「時間」の概念が含まれた、重みがある言葉のように感じています。
「生活」や「時間」の積み重ねがともなう中での「育みがある遊びの空間」を創出していきたいという想いから「遊び居る」という言葉を使っています。
建築の設計で言うなら「住宅」の設計のように「身体」に最も密接に、「場所」に最も密接に、「時間」や「個性」に最も密接に関係づけられた「日常生活」を意図を持って送っていく場所として…「喜怒哀楽をともなう人間の根源に満ち満ちた、生きられた場所」を創り出したいと考えています。
そんな想いを持ちながら、これまで多くの園で一般に「園庭遊具」と呼ばれるモノをデザイン•設計してきました。
「私たちは幼稚園•保育園の園庭のための園庭遊具をつくっています!」
「でも…?公園の遊具でしょ?…」
これまで「園庭遊具」と呼ばれてきたものと「公園遊具」と呼ばれるものには何ら変わりがない…のが今の現状でもあります。
しかし、不特定多数の人が集まる、ただ「遊ばせておけばいい公園」の施設と、「生活の(毎日、四季、365日、三年間、六年間と時間をかけた)中で育みを意図していく園庭」の施設とが、同じである事に私たちは違和感を持っています。
だからこそ、私たちは「幼稚園•保育園」での生活環境のデザインにこだわり、生活がともなった遊び空間のデザインとして、これらを「遊具」とは呼ばず「遊居」と呼ぶようにしています。
遊び込む!そして次の日も継続して、日常につながり、関係性が広がっていくための空間…「自分で選択するんだ!」という意思を保障した居場所としての「遊居」でありたい!
そして、園庭が「遊び居る」ことを受け入れられた環境に(保育心を持つ方々とともに)仕組んでいきたいと考えています。